那賀川汽水域のワンド・干潟はなぜ重要かーその機能と存続をめぐって
津波対策としての護岸強化のため、徳島県の那賀川河口域、那賀川大橋の下流左岸側にあるワンドとそこにある干潟が埋められるとのこと、噂で聞きました。県内の専門家に対するヒアリングは行われてはいるようですが、委員会とかは設置されないようです。工事の前には、工法の工夫による対策を十分に行い、最大限の配慮を検討すべきだと思います。
以下、コメント。
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那賀川鉄橋直下流の砂州には、2003年まではウラギク、ハマサジ、ハママツナ等の塩性植物の大きな群落がありました。2002年に行った調査では、ハマサジ、ハママツナの生育適地は、水あたりが弱いワンド側に限られていることが明らかにされています。2004年の大出水によってハママツナは完全に消失し、その他の群落も大幅に面積が減少しました。ハマサジ、ウラギクを始め、イソヤマテンツキ、シオクグ、ナガミノオニシバ等の塩性湿地植物の群落がわずかに残存しましたが、これらの分布はほぼワンド側に限定されていました。これは、洪水時にも水あたりの弱いワンド部が、これら植物にとってのレフュージア(逃げ場所)になっているからだと思われます(鎌田・小倉 2006)。
その後、2007年に再調査を行った所、ハママツナの再侵入と、ハマサジやウラギクの分布拡大が確認されました。ハママツナの再侵入は、対象砂州以外から潮汐等によって種子が運搬されてきたことによっていると考えられました。そのため、那賀川汽水域内で種子源となった可能性があるハママツナの局所個体群の分布を調査したところ、今回、工事が行われるワンド部にあったことが確認されました。群落の規模としては大きくはなかったものの、2004年の大出水時にも消失することなかったその局所個体群が、那賀川のハママツナ個体群の存続に非常に重要な役割を果たしていると思われました。
このように、那賀川汽水域の塩性植物の存続は、メタ個体群構造があることによって担保されていると考えられます。今回の工事によってワンドが消失あるいは劣化するのであれば、それは、那賀川の塩性植物群落の存続に多大な影響を及ぼすと思われます。
備考;
ハマサジ 絶滅危惧I類(徳島県版RDB)
準絶滅危惧(環境省2012レッドリスト)
ハママツナ 絶滅危惧I類(徳島県版RDB)
ウラギク 絶滅危惧II類(徳島県版RDB)
準絶滅危惧(環境省2012レッドリスト)
文献:
鎌田磨人・小倉洋平(2006)那賀川汽水域における塩性湿地植物群落のハビタット評価.応用生態工学, 8: 245-261.
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乾隆帝氏(徳島大学ソシオテクノサイエンス研究部、特別研究員[博士(農学)])からの補足情報。
汽 水性ハゼ類の生息環境として見た場合、泥干潟に生息するタイプの種(タビラクチ、チワラスボなど)がまとまって生息しているのは、那賀川水系の中ではあの ワンド部分だけですね。上記のような種は、時々他の場所で採集されることもありますが、ソースはあのワンドであろうと思われますので、ワンドが消失あるい は劣化するのであれば、個体群の維持は困難なのではないかと思われます。
本 来であれば、河床勾配の緩い桑野川のほうに、このような環境が広がっているのが理想的なのだと思いますが、今、このレフュージアを失ってしまうと、将来的 に、桑野川まで含めた那賀川水系汽水域の自然再生を行いたいと思った場合に、大事な生物の供給源を失ってしまうことになりかねないと思います。
ちなみに、似たような環境があるのは県内では吉野川水系、勝浦川水系だけで、そのどちらも面積としては大きくないです。
備考:
タビラクチ 絶滅危惧ⅠB類(環境省2007レッドリスト)
絶滅危惧Ⅰ類(徳島県版RDB)
チワラスボ 絶滅危惧ⅠB類(環境省2007レッドリスト)
他にも、環境省2007レッドリストでⅠB類が1種、Ⅱ類が1種、準絶滅危惧が2種は少なくとも生息しています。
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